「疲れ」というのは本来、残ったり溜まったりするものではないということを知ってから、それを実感できるまでほんの少し時間がかかった。
頭は勝手に「まだ疲れが取れていない」と思っていても、体はきちんとリカバリーされている。
この事を実感できている今、若返ったような気がしている。
10月の誕生日で半世紀生きたことになるが、このことを知らなかった30代40代の時よりも、今の方が体がとても軽い。
「疲れは残らない・溜まらない」を体感するためには頭で「考える」ということを止めて、体で「感じる」ことを意識することが大切になる。
日々あれこれ考えている毎日から、「考える」ことを止めるのはなかなか難しい。
1日中考えることを止めるのは不可能に近いので、感じる時間を作ると上手くいくかもしれない。
「感じる」を意識して毎日を過ごしていると、頭と自分(体)を切り離して考えられるようになる。
例えば、目の前に大好きなピザがあるとする。食べたいが、食べると小麦アレルギーで体が痒くなる。
「頭では食べたい思っているけど、実際はどうだろう?」
と、体を感じてみる。
すると、お腹が空いていない自分に気がついたり、体が痒くなるのが嫌だという感情が湧き起こったりする。
食べたいのを我慢する=頭だけで考えている結果
食べない=今の自分の体は欲しがっていない結果
こういう違いが出てくる。
自分のことを農アスリートと呼び、自分の体の感覚を感じることもトレーニングだと思ってやっていたら、自然と「感じる」ことが日常になってきた。
頭と体が切り離された感覚がわかり、すると体が敏感になっていく。
もう一つ大切なことは、「食べること」と「寝ること」の意味をきちんと理解することだ。
今までの海は、きちんと食べないと体は動かないと思っていた。
1日1食にしているので、農業という肉体労働を続けるためにはしっかり食べないと体力がもたないと思い、どんぶりのようなお茶碗で玄米を食べていた。
炭水化物を食べないと、エネルギーが出ない
これは小さな頃から擦り込まれた間違った認識だったことを学んだ。
体を動かすエネルギーに大切なのは、「食べること」ではなくてなくて「寝ること」だったのだ。
毎日肉体労働をしていると、眠れないなんてことは皆無だ。
しっかりと寝ることが次の日に体を動かすのに最も大切なことになる。
この学びから、玄米の量と全体的な食事の量を減らしてみた。
今までは腹10分目まで、もしかしたら12分目まで食べていたが、今は8分目?9分目まではいかないように気をつけている。
朝の目覚めが大きく変わった。というより、寝てから3時間ほどで一度トイレに起きるのだが、その時にすでに体がリセットされているのを感じるようになった。
それから起きるまでは、夢の中で遊んでいるような感覚だ。
睡眠時間は6時間の時もあるし、8時間寝る時もある。起きる時間は目覚ましなどを使わずに、その日の朝の自分の体の感覚で決める。
前の夜食べ過ぎると、朝起きるのが辛い。
そのことが「食べること」はエネルギーの充電ではないということの証明となった。
もし食べることが動くための原動力であるならば、食べたらすぐに動きたくならなければおかしい。
この野人さんのブログ協生理論を勉強して、それを自分で試しながら生活している。
今まで当たり前だと思っていたこと、常識とされていたことが間違っていたことに気がついた。
野人さんはいったい何者なんだろう???
この人に会うために、日本に行きたいと思う今日この頃だ。