6年ぶりに思い出した プロ意識

長いあいだ飲食業に携わって生きてきた。

高校1年生の時に焼肉屋でアルバイトをはじめ、調理師学校を卒業したものの調理師にはならず東京のホテルに就職した。

ホテルではレストランに配属され、サービスというものを一から教わった。

この時の教えが土台になっている。

「かしこまりました」「承知いたしました」

こんな言葉を使ったことはなかった。

先輩にまず言われた事は

「お客様から「すみません」と言われたら失格だ。常にお客様が何を求めているか?を考え、言われる前にお持ちしろ」

そしてホテルのVIPの常連のお客様からとても可愛がれ、海がそのお客様の担当になりいろいろなことを教えてもらった。

ホテルでの経験がプロ意識を芽生えさせ、それからどんなレストランで働いても、自分でお店を営んでいた時もプロ意識を忘れたことはなかった。

 

6年前に大都会から今の田舎町に引っ越してきて、大きな農場で働いている。

3年ほど前から1年中仕事をさせてもらえるが、6年前は冬になるとスケジュールから外された。

そして季節労働者のように、水耕栽培のハウスの中で流れ作業の一員として働いていた。

とても単純な作業の一員なので何も考えず、ひたすら時間がくるまで働く。

2年半前から日本とアメリカの行ったり来たりの生活になったので、どんなに長く休んでも戻ってくると働かせてもらえるだけで感謝だと思って働いていた。

そんな流れ作業の一員として6年間も働いていると、仕事に対してのプロ意識などどこかに消えていた。

ただただ毎日同じ作業を繰り返し、時間が来たら帰るのに責任感もいらない。

休みたいときに休み、自由に自分のスケジュールを決めていた。

 

去年の3月に日本から戻ってきてから、新型コロナのパンデミックで日本に帰れなくなった。

帰ろうと思えば帰れるが、体のほとんどに怪我と病気の後遺症が残り呼吸器官が弱くなってしまった母の元に帰るのはリスクが高い。

コロナが収まるまでは、日本に帰れない。

「仕事ができる」

「やりたかったことをやるチャンスだ!!」

6年前に引っ越しをしてきたのは、農業を勉強するため。

今までは農場にも海自身にも環境が整っていなかった。

農家で生まれ育ち、農業が大好きなヘザーが去年から露地栽培のマネージャーとしてやってきた。

彼女から教われることがたくさんある。

そして3週間前に念願が叶い、ハウスから異動して露地栽培の担当になった。

「海、確認したいことがあるんだけど・・・」

仕事前にヘザーが真剣な顔で聞いてきた。

「この3週間海の働きを見て、CSAの仕事を任せたいと思っているんだけどやる気ある?冬のメンバーは36人だったけど、春は61人、夏はもっと増えると思うんだ。大変だと思うけど海だったら出来ると思う。これからアンディ(オーナー)と夏に向けての人員の話し合いをするから、その前に確認しておきたいと思って。もし無理だったら、誰か雇わないといけないしね」

「もちろん、やりたい。CSAの仕事を任せてもらえるなんて光栄だよ。是非やらせて!!」

 

CSAというのはコミュニティー・サポート・アグリカルチャーの略で、日本語でいうと地域支援型農業というらしい。

簡単にいうとローカルの人たちに声をかけてメンバーになってもらいお金を支援してもらう。その代わりに畑で出来た野菜をメンバーの人に食べてもらうというシステム。

海が働いている農場はローカルの人に支援をしてもらわなくても十分にやっていけるが、6代続いているこの農場はとてもローカルの人たちを大切にしている。

週に1度、老人施設に野菜を無料で提供したり、周りのレストランのサポートをしたりしている。

だからこのCSAは支援をしてもらうというよりも、会員の人に喜んでもらうという考えだ。

払っている会費の倍くらいのバリューの品が入っているので、これからどんどん会員も増えていくと思う。

その担当に抜擢され、今まで忘れていたプロ意識のスイッチが入った。

CSAの仕事と一緒に、ファーマーズマーケット、レストランに卸す野菜を準備するのも同時進行だ。

そしてこれから、CSAとファーマーズマーケット専用の畑も作る。

この畑の管理のお手伝いをさせてもらいながら、農作業を教わる予定だ。

 

ハウスの仕事より肉体的には倍以上大変だ。

もう好き勝手に休んだりも出来ない。

でも楽しくて仕方がない。

作業効率を考え、自分の考えで行動できることがこんなに楽しかったなんて・・・

何も考えずにできる単純・単調な仕事から、急に頭を使うようになったので、夜中に目が覚めて仕事のアイディアが湧き出てきて寝られない日もあるほどだ。

考えついたアイディアは即、採用してもらえる。

そして必要なものは、すぐに揃えてもらえる。

「これが仕事だ!!」

6年ぶりに仕事をしている気分だ。

今までは???

時間つぶしのような仕事をしていても、きちんと給料を払ってくれたアンディに感謝だ。

美味しい野菜をメンバーの人に楽しんでもらえるように、そしてCSAのメンバーがもっと増えるように、プロ意識をもって仕事をするぞ!!