夫の空はフライトインストラクターの免許を取ると張り切っている。
飛行機に乗るのにはお金がかかる、しかし先ゆくものは何もない。
空はもうすでにプライベート(自家用操縦士)の免許を持っている。
30代の時に「パイロットになる」と、いきなりフライトスクールに通い出した。
計器飛行のテストの目前で9.11が起こった。
通っていたフライトスクールは一時閉鎖されてしまった。
それからしばらく飛ぶことからは離れていた。
実際は離れていたというよりも、経済的に飛ぶ余裕なんて全くなかったという方が正しい。
50歳になってから、小さな航空会社に就職し、52歳で念願のフライトディスパッチャーになった。
フライトディスパッチャーの仕事は人の命に関わるストレスフルな職業だ。
あまり知られていないが、飛行機が飛び立つ時は、機長とディスパッチャーの2人のサイン(合意)がなければ飛び立てない。
ディスパッチャーは機長の縁の下の力持ち的存在だ。
念願のディスパッチャーになれた空だか、ストレスに潰されそうになったことは1度や2度ではない。
天候が急に変わったり、機体に異常が出たり、乗客に異常が出たりすると素早く的確にディスパッチャーが対応しなければならない。
一人で何機も見ているので、緊急事態が同時に起こると大変だ。
海は、ため息をつきながら仕事に向かう空に、思い出してもらいたいことがあった。
空はいつも言っていた。
「俺は飛ぶことが大好きだ!大空が大好きだ!!」
ディスパッチャーの仕事は飛ぶことはできないが、飛行機にとってなくてはならない仕事だ。
「好きな事は仕事にするな、嫌いになってしまうから。」
こんな言葉を聞いたことがある。
仕事は責任とプレッシャーが大きくかかる。
どんなに好きなことでも、責任とプレッシャーに押しつぶされて、だんだん嫌になってしまうのだ。
空は昔の気持ちを忘れかけていた。
「そうだ俺は飛ぶこと、大空が大好きだったんだ!!」
そのことを思い出した空は、また飛ぶことを始めようとしている。
アメリカの金融システム
空と海はいわゆる「銀行」を利用していない。
その代わりに、ある航空会社のクレジットユニオンという金融機関を使っている。
航空会社が独自の金融システムを持っていて、銀行と同じようなサービスを行っている。
銀行と違うのは、この航空会社に勤めている人とその家族しかメンバーになれない。
あとはほとんど銀行と変わらないので、住宅ローンや車のローンなどもできる。
銀行で借りるよりも、利息は低い。メンバーならではだ。
そしてお金を預けた時の利子は、会社が儲かれば利率が上がり、会社の経営が悪くなると利率もさがる。
メンバーにとってはとても良いシステムだ。(もちろん会社が儲かっていれば・・・)
空はクレジットユニオンに手紙を書いた。
「これからフライトスクールに通うためにお金を借りたい。学生ローンのようなサービスはあるか?」
1週間ほどで返事が来た。
家や担保のない人も借りられる学生(教育)ローンがあるという。
担保がない代わりに返済期間は5年と短い。
借りられる金額は、その人のクレジットヒストリーと収入によって違う。
アメリカはカード社会なので、クレジットカードの支払い履歴に成績がつく。
これがクレジットヒストリーだ。
空が借りられる学生ローンは、なかなか良いサービスだ。
複雑なシステムだが、簡単に説明するとこんな感じだ。
例えば200万円を借りるとする。
返済期間は5年だ。
200万円はすべて借金になるわけではない。
5年間で100万円しか使わなかったとしたら、使った100万円+利息を払えば、残りの100万円はそのまま返せばいい。
使った分だけに利息がつき、使った分だけ返せばいいというシステムだ。
先のことはわからないが、予備金として置いておくという利用もできる。
使わなければ、そのまま返せばいい。
もちろんこんなに便利なサービスを使うためには審査がある。
クレジットヒストリー(成績)が良くないと、この審査には通らない。
空には預金はないが、クレジットヒストリーはとても高い。
長年、毎月きっちり、きちんと支払いをしているからだ。
すぐに審査に通り、お金を借りられることになった。
学生ローンの使い道
空は$40000(約400万円)借りられることになった。
この金額ではインストラクターの免許まで取れるかわからない。
車の免許と同じで、人によって必要な時間も金額もまったく異なる。
$40000を単純に60ヶ月で割ると、約$666だ。
それに利息がつくといくらになるのか???
システムが複雑なので、計算がとても難しい。
まだ車のローンも1年弱残っている。
大事なことを決めるときは家族会議だ。
海はけっこうお気楽だ。
働くことが苦にならない海は、自分がもっと働けばなんとかなると思っている。
今は楽をさせてもらって、週5日午前中の5時間しか働いていない。
午後まで働いて、それでも足りなかったら土曜日にも働けばなんとかなると思っていた。
空はもっと慎重だ。
自分なりに計算をして、かなり返済がきつくなること、そして海の負担が大きくなるのをかなり気にしていた。
$40000以内で絶対にインストラクターの免許まで取らないと・・・と自分にプレッシャーをかけていた。
家族会議をした次の日。
「昨夜よく考えたんだ。」
空がスッキリとした顔で話を切り出した。
「計器飛行まで免許を取ろうと思う。コマーシャルとインストラクターは一旦諦める。」
「しばらく飛行機に乗ってないので、自分の今の実力もわからないし、若い時にみたいにすんなり取れるかもわからない。」
「これからはもっと飛ぶことを楽しんでいきたい。安全第一を考えると、天気が急変しても大丈夫なように計器飛行は絶対に取りたい。」
計器飛行とは、目隠しをした状態で計器だけを頼りに操縦することだ。
突然視界が悪くなった時や雲の中に入ってしまった時になど、計器飛行の免許がないと大変なことになる。
たまに自家用飛行機が墜落するニュースがあるが、ほとんどはプライベートライセンスだけで、計器飛行の免許を持っていない場合が多い。
$40000借りる契約書にサイン済みだ。
いくら使うかは空次第。
さあ、計器飛行の免許を取れるまでいくらかかるだろうか・・・
計器飛行の免許を取ってから、また次の新たな夢に向かって行けばいいのだ!!