夫の空はなかなか仕事のできる男だと思っている。
とても器用で頭の回転も早く、論理的で効率よく仕事をこなすのが得意である。
そして一番すごいのが集中力だ。
今はフライトディスパッチャーという職に就いている。
これは国家資格が必要な仕事だ。
50歳を過ぎてから猛烈に勉強をし、アメリカ人でも1回で受かるのは難しい筆記テストを仕事をしながら5ヶ月間の猛勉強で取ってしまうくらい集中力がある。
しかしそんな空にも欠点はある。
それは自分の中で仕事上のルールを作って、そのルールを他人にも当てはめてしまうことだ。
もちろん仕事上、会社上のルールはなくてはならない。
当たり前だが、個人的なルールは会社のルールではない。
会社のルールも守らない社員がいるのに、自分の個人的ルールに相手を当てはめて考えるのは無理がある。
空はプライベートのパイロットの免許を持っているので、パイロットの気持ちを考えた上での考えもあり、ルールもある。
もちろん皆、空のように仕事ができるわけではない。
できないのはしょうがないが、空が許せないのは、自分の仕事を他人に押し付けて知らんぷりする人だ。
自分の仕事に責任を持つことは日本人からしたら当たり前のことだが、ここはアメリカ、みんなが責任感を持って仕事をしているわけではない。
空は責任感を持たずに仕事をする人を理解できない。
責任感=プロ意識
お金を稼ぐということは、その道のプロということだ。
人手が足りない今、通常は6人いないと回らない仕事を時には4人で回さなくてはならない日もあるらしい。
しかも夏は天気が荒れる。
夕立や雷雨でフライトプランを急遽変えなくてはならないことが多発する。
1人で10機以上担当することもある中、トラブルが2、3機同時に発生することもある。
そんな時は自分のフライトだけではなく、他の人の担当のフライトも大変なことが多い。
「ごめん、このフライトをやってくれないかな?」
こう言ってお願いされれば、空は快く引き受ける。
しかし多くの人は何も言わずに、勝手に自分のフライトを空のコンピューターに送りつけてくるらしい。
そんなことが毎日続いてくると、イライラはマックスになる。
責任感が強い空は、自分の仕事ができない時はきちんと相手の承諾を得てから自分のフライトをお願いするべきだと思っている。
もしくはスーパバイザーにできないことを伝え、フライトを他の人に振り分けてもらうようにお願いする。
それが空の中のルールだ。
というより、海もそれが普通だと思う。
でも何度も言うが、ここはアメリカだ。いろいろな人種の人が働き、日本人の働き方の常識は当てはまらない。
きっと他の人から見たら、空は難なく仕事をこなしているように見えるのだろう。
だからバンバン仕事を振ってくるようだ。
空はいつも先を読み、先の先までを読み、考えられるすべてのトラブルに備えられるようにいつも準備をしている。
だから機長からお礼を言われることも多い。
機長は上空から、ディスパッチャーは地上から飛行機を安全に飛ばす仕事を共同でやっている。
先の予測をして準備をきちんとしている空にしてみたら、他の人はやることもやらずにちょっと大変になるとテンパってすぐに空に仕事を振ってくるように見えるようである。
ディスパッチャーの仕事は、人の命を預かるとてもストレスフルな仕事だ。
そこにもってきて無責任な同僚からのストレスもかかるので、空の神経は擦り減ってボロボロになってしまう。
「もう嫌だ。辞めてやる!!」
仕事中に何度もこんなことを思うらしい。
海はそんな夫、空のことを誇らしく思う。
辛い思いをしながら働いて欲しくはないが、飛ぶことが大好きな空にとってディスパッチャーの仕事を辞めてしまうのはなんだかもったいなく感じてしまう。
本人も言っている。
「ディスパッチャーの仕事が嫌なわけではない。でも会社のコンピューターシステム、そしてマネージメントがあまりにも酷すぎる」
とても小さなエアラインだからか、使っているシステムは20年以上前の古いものだ。
新しいシステムに変えたら、多少トラブルがあってもシステムで何とかなることも多々あるらしい。
しかし、今の古いシステムだと手動でシステムを変えたりしなくてはならないので、時間も手間もかなりかかるらしい。
ディスパーッチャーの仕事は複雑だ。
その複雑な仕事を機長とのやり取りをしたり、メンテナンスとやり取りしたり、そしてトラブル発生の時は瞬時の判断も迫られる。
会社の規定、そして法律(航空法)の問題なども考慮しながらの決断となる。
マネージメントもかなりいい加減なので、古株の人を中心にそれぞれが好き勝手に仕事をするような雰囲気らしい。
仕事の難しさ、そしてどれくらいのストレスがかかるのかは海には全くわからない。
でもなんとか空を助けたい。
そんな気持ちで思いついたのが、同僚からのストレスを少しでも軽減する考え方だ。
「空の仕事上のルールを、仕事上の美学として考えたらどうかな?」
「どういうこと?」
「イライラするときというのは、全てのことが自分の思い通りにいかない時。思い通りにいかないっていうことは、こうであるべきだってルールが自分の中にあるからじゃないかな?人がどんな行動を取ろうと、人になんて言われようと『自分の仕事の美学はこうだ』と思えば、人のことは気にならなくなるんじゃない?」
空は美意識が高く、向上心もとても高い。
何をするのにも、自分のレベルを高めようといつも勉強をする。
そんな空をずっとみてきたのに、「美学」を仕事に当てはめて考えることをしなかった。
仕事に美学を持ってそれを貫けば、人のことは気にならなくなる。
人がどんな仕事のやり方をしようと、どうだっていい。
美学は自分だけのものだからだ。
仕事が上手くいかなくてイライラした時は、自分の仕事の美学に沿って考えればイライラは軽減するような気がする。
「ルールじゃなくて、美学か。その考え良いかも」
HSS型HSPの性質を持っている空は、人が気がつかないようなことまで気がついてしまう。
人が気がつかないことまで気がつき、気を回し、そのおかげで早めに危険回避ができて機長にお礼を言われる時は、その性質を活かせた時だ。
周りの同僚の言動を必要以上に気にしてしまう時は、その性質がマイナスに出てしまう時だ。
この性質を上手に活かしながら生きていければもう少し楽になると思うが、こういう性質を持っていると気がついたのはまだ半年前。
まだ自分の取り扱いがわかっていない。
海が出来ることは一緒にその特性を活かす方法をみつけ、時には考え方をちょっと変えられるようなたくさんの選択肢を提供することだと思っている。
「辛い思いをしている人は、選択肢がなくなったときだ」
誰かがこんなことを言っていた。
その通りだと思う。
選択肢が増えれば、考え方も生き方も選べる。
選択肢がないと、窮地に追いやられる。
もっと自由に、もっと軽やかにこの性質を活かして楽しんで生きて行ってほしい。
今回は「美学」という考え方の方向転換で気分が少し楽になったようだ。
お互いにまた少し成長できたような気がしている。