いつかはきちんと本音で伝えたかったことを姉に伝えた。
5歳離れているので、いつも遠慮をしながら、嫌われないように気を使いながら生きてきた。
性格も生き方も全く違う。
育てられ方も真逆だった。
長女の姉は、過保護に育てられた。
危ないといってハサミなども使わせず、もちろん包丁など持たせてもらえなかった。
そんな姉とは違い、海は小さなころからなんでもさせてもらっていたようだ。
50を過ぎても親元で暮らし、家事も母に任せて独身貴族を謳歌していた。
姉は「母と家とお墓を守るために生きてきた」という自負がある。
父が早くに亡くなったので、家族を守らないといけないという強い思いが芽生えたようだ。
だから自由に生きてこれなかったのだと・・・
海は19歳で実家を出た。
それから自立した生活をしている。
もちろん実家に帰って母に甘えることもあった。
母に心配をかけたのは、姉以上だったと思う。
母が大きな事故を起こして体が自由に動かせなくなった。
コロナのパンデミックが起こる前は、日本とアメリカを行き来しながら母の介護のサポートをしていた。
2020年3月にアメリカに戻ってきてから、一度も日本に帰っていない。
やはり母への感染リスクを考えると帰れないのだ。
PCR検査も信用できる代物ではない。
陰性が出たとしても、実家に帰ってから発病することも考えられる。
今住んでいるところから日本に帰るには、乗り継ぎを2回しなくてはならず、途中で1泊しないと乗り継ぎができない。
空港が一番感染リスクが高いと感じているので、姉から「一人介護が限界だから帰ってきて欲しい」と言われたが、帰らなかった。
姉は昔から愚痴が多い人だ。
母が元気な時は、仕事や友達の愚痴をいつも母にこぼしていた。
とにかく不平不満と愚痴が多すぎて、聞き流すと「他人事だと流すな」と言われ、意見を言うと、「海とは違うから、そんなことはできない」という。
何をしても自分の思い通りにいかないと、ずっと不平不満を言い続ける。
そして自分自身で決断ができない。
母のことなどの相談だったらいくらでも聞くが、姉自身の人生の決断を海ができるわけない。
たとえばワクチンを打つか?打たないか?についても、海は自分の意見を何度も伝えてある。
いろいろなデータを添付したりして、十分に説明をしてある。
その上で「あとは本人次第だから、姉の決断を尊重する」と伝えた。
すると「自分では決められない。静観しないでほしい」と言われる。
海から見ると、姉はずっと母に守ってもらっていた甘えん坊だ。
仕事を辞める時なども、母に長い間愚痴を言い続け、「そんなに嫌ならしばらく仕事を休めばいいよ」と言ってもらえ、それでも暮らしていける。
家賃を払うわけでも、食費を払うわけでもなく、自分のお金はすべて使ってしまう。
そんな姉を母はいつも心配していた。
命を落としてもおかしくない事故を起こした後、「姉を残しては死ねない」と言ったほどだ。
ほとんどお互いに共依存している。
そんな姉にきちんと精神的に自立をしてもらいたいと、本気で本音を書いて送った。
愛を込めて書いたつもりだ。
でも全く伝わらなかった。
伝わらなかったどころか、まったく違う解釈をされた。
伝えることは難しい。
最後には逆切れされて、縁を切る問題になった。
これもしょうがない。
そういうことを覚悟をして書いた。
姉は激しい性格だ。
白か黒でしか物事を判断しない。
それは本人も自覚をしている。
母がこの世から旅立ったら、姉とは縁が切れるかなと思っていた。
それは海が姉のことを受け入れられなくなっていたからだ。
母がいる間は・・・と思っていたが、「今」言わないと、これから言うチャンスがないと思い、愚痴を言い続ける、不平不満を言い続ける姉に言ってしまった。
考え方を変えないとこれから先、幸せにならないと・・・
5歳年下の妹に言われたくなかったようだ。
姉妹じゃなかったら、言わなかった。
黙って付き合いをやめればいいだけだ。
でもそういうわけにもいかない関係だからこそ、48年間の思いを込めて、愛を込めて伝えた。
悩んで悩んで、でもなんとなく母から「きちんと伝えて」と言われた気がした。
その結果は関係崩壊だった。
今の母は姉がいなくては何もできない。
姉も必死に介護をしてくれている。
母が怪我をする前は、いつも喧嘩ばかりの二人だった。
お互いに文句を言いながら、母は「姉に出て行って欲しい」
姉は「もう家を出たい」
そう言いながら、30年以上一緒に暮らしてきたのだ。
その二人が今、立場が逆になって生活している。
もうきっと海のところには連絡がないだろう。
もしかしたら、母ともう会えないかもしれない。
でも今不思議と、母と心が繋がっているような感覚を感じている。
姉に伝えたことは後悔していない。
もう会うことはないかもしれないが・・・