年下のオーナーから学ぶ リーダーの資質

海は6代続く大きな農場で働いて5年になる。

5年前に大都会から農業を勉強するために引越しをしてきたのはいいものの、いきなり落とし穴に落ち1ヶ月半で仕事を失ってしまった。

夫の空を説得して2人で農業の勉強をするつもりだったので、まさかの夫婦2人とも無職・無収入になってしまった。

そんな時に拾ってもらったのが、今の農場だ。

最初の2年くらいはオーナーの存在はわからなかった。

誰がオーナーで、どういう経営をしているのか全くわからないまま、季節労働者のように働いていた。

「海、おはよう!!」

急に名前を呼ばれた時は驚いた。

「私の存在を知っていたの???」

年下オーナー アンディの優れたところ

彼はとても優れたオーナーだと思う。

海が働き出してからこの5年で、ビジネスがどんどん大きくなっている。

彼の右腕として働いている同級生の営業兼マネージャーのティムの存在も大きい。

ティムもとても優秀な営業マンで、契約するのがかなり難しいと言われているヘルシー志向の高級スーパーマーケットとの契約も3年前に取ってきた。

5年前までは仕事が少なくなる秋の終わりには、パートタイマーの海の仕事はなくなった。

だんだんと冬でも週に3日ほど働けるようになり、去年からは週5日働かせてもらえる。

来年の夏には新たな水耕栽培のグリーンハウスも建設予定だ。

 

アンディの一番凄いところは、この5年間誰の口からも彼の悪口を聞かないところだ。

従業員は誰にでも不平不満はある。

しかしここで働いている人たちは、アンディ以外の人に対しての不満を言う人は多いが、農場や仕事、アンディに対しての不平や不満を全く言わない。

みんな自分の仕事に満足をし、この農場で働くことに満足している。

夏にアルバイトに来る学生たちも、毎年のように戻って来る子も多い。

そしてアンディはローカル(地元)をとても大切にしている。

大きくビジネスを広げようと頑張っていると、ついつい儲かる方に目が行きがちだが、儲けは出ないが地元を大切にする気持ちを忘れないことで地元から愛され、信用がつく。

小さなレストランの数十ドルのオーダーでも大切にする。

デリバリーをしたら赤字ではないかと思うような、小さなオーダーも大切にする。

とても忙しいある夏の日、アンディの友人が呼ばれて手伝いに来た。

彼女いわく「アンディのお父さんもよく知っているけど、彼らは本当に良い人たちよ」と言っていた。

だからアンディに呼ばれれば、快く手伝いに来てくれるのだろう。

地元に愛されるビジネスをすることがビジネスを大きくし、6代も長く続く秘訣だと感じる。

アンディの息子も合法的に働ける14歳になり、この夏から夏休みの間働き出した。

お父さんの側で働き、周りの従業員に鍛えられ、立派な7代目になること間違いなしだ。

 

アンディから学ぶ リーダーの3つの資質

リーダーに必要なのは

・仕事を任せる包容力=リスペクトをする心

・頭の回転のよさ=決断の速さ

・愛=優しさ

 

仕事を任せる包容力は、なかなか難しい。

大企業は別として、中小企業のオーナーは自分のやり方や都合を押し付けるタイプが多い。

アンディは適材適所に人を配置し、彼らに仕事を任せ、何か起こった時の責任はきちんととるというオーナーだ。

人が足りない夏は、いつでも流れ作業のラインに自ら入り一緒に仕事をする。

その時も、長年働いているメキシコ人のメルセデスに怒られながら働いている。

パトロン(ボス)、そんなに入れちゃダメ、もっと少なくね」

そんな時、アンディは

「海、このくらいで大丈夫かな?またメルセデスに怒られちゃうからね」

と茶目っ気たっぷりに聞いてくる。

ヒゲを蓄えイカツイ顔のアンディだが、そのギャップが可愛い。

従業員一人一人をリスペクトしているから、こういう態度ができる。

仕事を任されている担当者(アメリカ人)は、自分の考えややり方を容認してもらえるので、活き活きと仕事をしている。

担当者が変わると、仕事のやり方も変わる。

良いオーナーのところには良い人材が集まってくるので、5年前に比べて効率良くしかもオーガナイズされて、どんどん働きやすい環境になっている。

 

頭の良さ、決断力の早さもリーダーには欠かせない資質の1つだ。

海はどうしても一緒に仕事をするのが嫌なアメリカ人の女の子がいた。

一緒に働いているメキシコ人のメルセデス、オラリアも海と同じ感覚を持っていた。

3人の感情が爆発しそうになったある日、メルセデス

「海、アンディに報告してきて」

と言ってきた。

海は思い切って昼休みにアンディのいるオフィスに行った。

「海、どうした?何かあった?」

海の顔つきですぐに何かがあったのだと察したアンディは、話しやすいように部屋のドアをすぐに閉めてくれた。

「アレクサと働くのがどうしても不愉快なんです。お喋りばかりして働かないし、自分のやりたい仕事しかしない。私たちに仕事を押し付けてボスのような態度をとるけど、何かが起こると責任逃れをして、責任を押し付けてくる。一緒に働くのが苦痛です」

たまりに溜まっていたことを全てぶちまけた。

「分かった、今度彼女が働かないでお喋りをしている時、すぐに連絡をちょうだい」

と自分の携帯番号を教えてくれた。

こういうことは、人任せにしない。

きちんと誠意をもって対応してくれる。

その後、アンディに連絡することはなかったが、数ヶ月後、アレクサはクビになった。

他の従業員からの不満もたくさんあったようで、アンディとマネージャーのティムに呼び出された彼女は、どんな話し合いがなされたのはわからないが、話し合いの後すぐに家に帰り、翌日から仕事に来ることはなかった。

小さなことだが、こういう瞬時の判断が従業員に信頼感を抱かせ、仕事を円滑に回すことにつながる。

 

仕事に対して、従業員に対して、地元に対しての愛情もなくてはならない。

夏の繁忙期、アンディはピザをデリバリーして従業員に振る舞ったりする。

今年はコロナの影響で地元のピザ屋を助けるためにも、週に1度ほどのピザランチがあった。

フードトラックを呼んで、好きなものをオーダー出来るランチも2度ほどあった。

従業員のため、地元で小さく頑張っている人たちのために、お金を有効に使ってくれる。

「あれ、日曜日なのに誰か働いている」

2年前の夏、海は日曜日のファーマーズマーケットの売り子をしていた。

トラックから荷物を下ろしていると、パックハウスから人の声が聞こえた。

のぞいてみると、アンディと友人2人が大量のししとうを袋詰めしていた。

友人は慣れない仕事なので、手際が良いとはいえない。

「アンディ、手伝うよ」

荷物を下ろして、売り上げを計算してから海も手伝った。

2時間ほどで作業が終わった。

メキシカンの従業員たちに声をかければ、日曜日でも働いてくれる。

日曜日にも働いてるメキシカンの従業員もいるが、彼らの仕事の邪魔をせず、急なオーダーに対応している彼の姿に仕事に対しての愛を感じた。

日本とは違い農業の仕事でも、アメリカ人はきちんと週2日お休みを取る。

オーナーには休みはない。

子供達とも遊ぶ時間はないが、アンディの働く姿を見て、子供達にとっては自慢のお父さんであるに違いない。

 

東京に住んでいる時に飲食店を経営していた海は、ついつい職場の経営やマネージメントが気になってしまう。

今まで働いてきた職場で、こんなに学ぶところがあるオーナーに会ったのは初めてだ。

だいたいは悪いところが目についてしまうが、この農場は働けば働くほど良いところばかりが見えてくる。

6代続くビジネスを引き継いでしかも成功しているのには、きちんとした訳がある。