「お姉ちゃんは本当にお父さんにそっくりだよね」
「海はお母さん似だね」
子供の頃からそう言われ続けてきた。
父を早くに亡くしファザコンの海にとって、なんとなく「お父さんに似ている」という姉のことが羨ましかった。
父は実家の本家を継がなかった長男だ。
頑固でとても厳しい警察官だったおじいちゃんと喧嘩した父は、高校中退して上京した。
それでも家庭を持った父は、夏休みになると子供たちを連れて実家に遊びに行っていた。
本家の長男の子供、姉は初孫だったからいつも特別扱いをされていた。
夏休みに父の実家に遊びに行くのは楽しみだったが、姉との大きな差を感じるほろ苦い思い出も多い。
父似のはずだった姉
若い時の姉はとても短気でわがままだった。
短気は父親譲りだ。
好きな食べ物も父と似ているし、毎晩でも一人でも晩酌をしたい飲兵衛のところも受け継いでいる。
運動神経がズバ抜けて良いのも父親譲り。
姉もずっと父親に似ていると思っていた。
母似のはずだった海
海と母は趣味嗜好がとても似ている。
自然の中で遊ぶのが好きな海、母は山歩きが趣味だった。
食べるものも田舎の素朴な野菜料理が好きだ。
姉とは違い、外食よりも家で食べる家庭料理の方を好む。
母とは気が合い一緒に居て楽なのは、似ているからだと思っていた。
まさかの逆???
母は2年前に車で大事故を起こし後遺症が残る大怪我をして、介護が必要なほどの体になってしまった。
それまでの母は友達が多かったので、電話をしてもほとんど家に居たことがないくらい元気に遊びまわっていた。
そして一緒に暮らしていた姉とは喧嘩ばかりで、海が実家に帰るとお互いの愚痴を聞くのが常だった。
性格が違うから、気が合わないから一緒に暮らすのは難しいとお互いが言っていた。
事故後の母は良い意味で人格崩壊してしまったかのようだ。
とても強くて泣いたところを見たことがなかったが、今ではほんの少しのことで感情が溢れ出し涙をこぼす。
嬉しくて泣き、失敗しては泣き、思い出話をしては泣き・・・
きっと父を亡くしてから女手一つで2人の子供を育てるのに、強くなくてはならなかったのだろう。
「片親だからって後ろ指を指されないように・・・」
これが母の口癖だった。
昭和の時代は片親は肩身の狭い思いをしていた。
ちょっと素行が悪いと「あそこのうちは片親だから」と陰口を言われた。
だからとても厳しく、そして強い母親だった。
そんな母と姉はいつも喧嘩していた。
それが突然体が自由に動かなくなって、一緒に住んでいる姉の介助がなければ生活できなくなってしまった母は、別人のようになってしまったのだ。
まるで今まで着ていた鉄の鎧を脱いだかのように。
本当の母はとても脆かった。
傷つきやすく、寂しがり屋、愛情深くとても人に気を使う。
姉にそっくりだ。
いや、本当の母に姉がそっくりだったのだ。
似ているから喧嘩し、似ているからお互いが許せなかったのだ。
怪我をしてから3人で話し合う機会が多い。
そんな時は、海の意見は2人と全く違う。
考えてみたら、今まで3人で話し合うことなどなかった。
話し合うときはいつも母と海、姉と海。
二人の架け橋になっていた。
ところが今はいい意味で、蚊帳の外状態だ。
今まで喧嘩ばかりしていた2人が泣いたり笑ったり、時には喧嘩をしながら仲良く暮らしている。
母の大怪我は家族の人生を変えるほど大きな出来事だったが、母と姉の関係が修復でき、家族の絆が前よりも深まった大切な出来事でもある。