大都会から田舎町に引っ越しをしてきて早7年。
すっかり忘れていたことがある。
「幸せな時間」
自分で作る幸せな時間は常に感じているが、人から与えてもらう幸せな時間を味わうことを忘れていた。
3年前までは日本に帰っていたので、大好きな友人との会話や温泉などで「幸せな時間」を感じていた。
先日久しぶりに夫の空と、海の近くのちょっとお洒落な街に買い物へ行った。
買い物といっても、あまり体に悪くないケチャップや加熱しても毒性の出ないラップなど、健康志向の人が多いお洒落な街に行かないと売っていないちょっとしたものだ。
ケチャップもラップもあまり使わないが、使うのなら・・・とちょっとこだわった物にしている。
たまに買い物をするこのグロッサリーストアは来るたびに進化している。
7年前に初めて来た時は、お店の裏に小さな菜園と鶏などがいるちょっと可愛いお店だった。
家から車で45分かかるこのお店には、多くても3ヶ月に一度、もしくは半年に一度くらいしか行かない。
コロナ前は25パウンド(約13キロくらい)の玄米を注文していたのだが、最近はアマゾンで買うようになったので、足を運ぶことが少なくなった。
店内も外もどんどん変わっていく。
そしてお客さんもどんどん増えている。
7年前はただのグロッサリーストアだったが、その後お店の中にカフェができてグルテンフリーのパンやお菓子など売っていたのだが無くなった。
3年ほど前からカフェバーに変わり、レストランも出来た。
菜園があった場所はガーデンレストランになり、コロナ禍でも外で食事ができるので、お客さんは増えているようだ。
気になってはいたが、ビーチの近くのレストランは値段だけは大都会並だが味は期待はずれがほとんどだ。
2、3度失敗してからは、もう冒険することはなくなった。
この日はなんとなく空も海もちょっと冒険したい気分だった。
「なんかちょっとだけ食べていく?」
空の提案に乗った。
「一杯だけ飲んで行こうか!!」
ガーデンではなく、バーカウンターで海は軽く一杯だけ飲むつもりだったが、気になるつまみがあって前菜を一品だけ注文をした。
スモークサーモンとヤギのチーズとサーモンのピリ辛ディップ。
付いてきたチップスが、スモークサーモンやピリ辛のディップに負けてない。それだけでそのまま食べても美味しい。
期待をしていなかった分、想像以上の味でびっくりした。
しかもバーテンダーの女の子の動きと接客が素晴らしい。
海は15歳の頃から飲食業界、接客業にどっぷりと浸かり、東京ではホテルマン、バーの店長兼バーテンダー、そして自分のお店を10年間経営していた経験がある。
アメリカに来てからもウェイトレスの仕事をずっとやっていたので、接客業に誇りを持っている分、厳しい目も持っている。
アメリカ人で、これほどの動きをするプロフェッショナルな子を見るのは久しぶりだった。
大都会の高級レストランにいるような錯覚に陥った。
一杯だけのつもりが、ドリンクメニューを頼んでいた。
そしてお料理も、もう一品頼むことにした。
1杯目はスパークリングワイン、2杯目は赤ワインに。
「アルゼンチンのマルベックとスペインのリオハと迷っているんだけど、どっちがオススメ?」と聞いたら、黙ってグラスを2つ出した。
「テイスティングをして、好きな方を選んで!」
完璧!!海が一番好きな接客だ。
マルベックを飲んでいると2品目の日替わりタコスがきた。
良い意味でまたもや期待を裏切ってくれた。
出てきたタコスはトルティーヤがアルミホイルに包まれてホカホカで、中身は別盛りで彩りも盛り付けも素晴らしい!!
しかもトルティーヤは6枚。2人でシェアして食べるのに十分な量だ。
今日のタコスは豚肉だった。赤ワインにピッタリ。
味付けも最高!!
食べ終わって絶妙のタイミングでデザートを勧められた。
あまりにも絶妙なので隣のお客さんに思わず声をかけてしまった。
「彼女の接客は最高だね。一杯だけのつもりで寄ったのが、デザートまで頼んじゃいそうだよ」
「彼女は私の自慢の娘なの。そんな風に誉めてくれてありがとう」
バーテンダーのケイラは隣のお客さんにだけはちょっとだけ冷たい態度だった。
苦手なお客さんなのかとちょっと残念に思っていたら、なんとお母さんと妹だったのだ。
それなら納得だ。
お母さんに海の簡単な経歴を話し、都会のレストランの話やケイラがどれほどこの田舎町でレアな存在かなどで話が弾んだ。
お母さんは結構遠くに住んでいて、1時間かけて食べに来るらしい。
そんなお母さんと偶然に隣同士になり、話も弾み、忘れていた「与えてもらう幸せな時間」を十二分に味わった。
こういうことにお金を使うのを惜しまない、空と海の価値観の同意がまたまた嬉しい。
7年ぶりに都会的なお金の使い方をした。
チップもたっぷりと支払った。
「海はちょっとジェラスだろ?」
空に言われた。その通り!!
このお店にはジェラシーを覚える。
何もかも海がやりたいと思っていることを実現している。
7年前は、こんなに可愛いグロッサリーストアをやりたいと思った。
グロッサリーストアの中に小さなカフェができなら良いなと思っていたら、そういうお店になっていった。
そして今では完全に海が理想としているグロッサリーストア&カフェバー&レストランになっている。
海のやりたいことがすべて詰まっていて、しかも内装も食器もグラスもガーデンも華美ではなくとてもセンスが良い。
もう羨ましいを通り越して、脱帽だ。
都会に住んでいたときはストレスが多かった分、自分へのご褒美として良いサービスそして美味しいものを提供してくれるレストランに行って幸せな時間を過ごしていた。
田舎の生活ではストレスがほぼないので、毎日幸せを感じられる。
それでもちょっとだけ贅沢をして、心地よいサービス、美味しい食事をする時間が持てたことに、こんなに幸せな感情が湧いてくるとは思わなかった。
そして「幸せな時間」を過ごせるレストランを発見できたことも、これからの田舎生活の良いスパイスになる。
田舎生活でもちょっとした刺激が心を豊かにしてくれる。