7年間働かせてもらった農場を辞めることにした。
今思えば去年からなんとなく、農場の雰囲気というかビジネスの方向性に違和感を感じるようになっていた。
そして経営が空回りしているような気がしている。
去年の秋にオープンした農場直営のグロッサリーストア&ベーカリーは、たった半年でマネージャーやベーカリーの責任者が次々と辞めて、スタッフの入れ替わりがとても激しい。
一番忙しいはずの夏のこの時期、あまり賑わっていない様子。
去年の冬には稼ぎ頭の水耕栽培のハウスが全滅し、他のファームからレタスを買いリパックして契約しているスーパーに卸すという赤字経営。
今年の夏は去年よりも作付けを25%増やして追い上げを試みたが、去年よりも契約が減ってしまって、収穫しては捨てるという悪循環に陥っている。
アメリカの経済はそんなに悪くない気がするが、海が働いている農場は悪いことがずっと続いている。
それをなんとか立て直そうと、どんどん違う方向に向かっているような気がして、なんだか居心地があまりよくなくなってきた。
そして大きなビジネスをしようとしている今の農場よりも、もっと小さなローカルに根付いた農場で働きたいという気持ちが湧いてきた。
マネージャーのヘザーから「雑然とした場所で働くのは嫌だから、仕事が始まる前にエキストラで掃除をしてもらえないかな?」と頼まれた。
1時間早く出勤して、みんなが来る前に体育館のような大きな作業場を掃除することにした。
大きな扉を全開にして掃除をするのは気持ちが良い。
そして朝日に毎日挨拶ができる。
「ありがとう。今日も頑張ります!!」
朝日に挨拶をしたあと、突然「チェスターフィールドで働けないかな?」と思った。
チェスターフィールドというのは家族でやっているとても小さな農場で、ファーマーズマーケットでいつも顔を合わせていたので顔見知り。
そこの野菜がとても美味しいので、メンバーズカードを作ってよく野菜も買っていた。
善は急げで、すぐにメッセージを送ってみた。
「○○農場で働いている海です。もし可能だったらフルタイムで働かせてもらいたいのですが・・・」
その夜にオーナーのマットから連絡があった。
「海からの突然の連絡に驚いたよ。妻と一緒に話を聞きたいから、近いうちにうちの農場に来られるかな?」
2日後、仕事を少し早めに上がって、面接?に行くことになった。
今働いる農場とチェスターフィールドは海の家から真逆の方向なので、一度家に寄ることにした。
帰る途中からポツポツと雨が降り出したが、駐車場に着いた途端に激しい雷雨。
大きな雹まで降ってきた。
そして夫の空から電話がかかってきた。
「この土砂降りの中、一人で行かせるのは心配だから俺が運転していくよ」
足を止めるようなこの大雨と雹は、実は幸運のサインだった。
雨は浄化の意味がある。
アメリカでは結婚式に雨が降るのは幸運だと言われている。
仕事の面接の時に大雨が降るのも、悪くはないらしい。
チェスターフィールドに着いたら、マットと奥さんのステファニーが笑顔で迎えてくれた。
レストランのマネージャーをやっていたというマットは、なかなか突っ込んだ質問をしてくる。
働きやすい良い雰囲気の職場を大切にするマットは、一緒に仕事をする”良い人”を選ぶことが一番大切だと言っている。
海も飲食業界に長い間携わっていたので、とてもよく理解できる。
海が一番心配だったのは、お金のことだ。
家族でやっている小さな農場で、一人正社員を雇うというのはかなりの出費だ。
海もパートタイムでは困るし、時給が低くても困る。
今の農場は時給は低いが長時間働けるので、なんとか生活ができている。
1時間ほど話をした後に農場を見せてもらうことになった。
車の中で待っていてくれた空と一緒に案内してもらった。
ほとんどマットが一人で管理しているとは思えない、すごく整備されている畑が5区分に別れている。
そして1年に1棟ずつ増やしてきたグリーンハウス。今年中にもう1棟建てる予定らしい。
野菜をとても大切に育てているのがわかる。
これからも農場を大きくせず、できればもっと小さくする代わりに効率性を上げていきたいと言っている。
畑の隣にあるプロデューススタンド(お店)をもっと活用したいとのこと。
今は週に2日しか開けていないが、できれば冬に向けてもっと開けたいとのこと。
「海は畑仕事だけしか興味はない?お店に立つのは嫌?」
「接客は大好きです。いろいろとやらせてもらえる方が嬉しいです」
話はますます良い流れになっていった。
「これから二人で良く話し合ってから連絡するね。それまで待っていて」
そう言われて帰ってきたが、数時間後にすぐにステファニーから連絡がきた。
「海、私たちの農場で働きたいと言ってくれて、今日は農場に来てくれて本当にありがとう。私たちは海をメンバーになってほしいと思っているけど、これからいろいろと計算などして明確になってから連絡をするね。本当にありがとう」
とても良い反応が来た。
そして10日後、ステファニーから連絡がきた。
「海、あなたを正社員としてメンバーに入ってもらう準備が整いました。週40〜45時間、時給は$○○になります。やってもらうことは・・・・」
長いメッセージが届いた。
働く時間は短くなったが、時給は今よりも高い。
そして冬もこのスケジュールで働けるという。これは大きい。
今の農場では冬になると働く日も時間もカットされるので、夏の間に稼いでおかないという意識が働き、毎日12時間以上働いている。
冬でも40〜45時間働ければ、この冬はそんなに困ることはない。
しばらくは海が大黒柱なので、どうしても最低限の生活費を稼がなくてはならない。
空も空で動き出しているので、今年中には少しずつ収入になるような仕事に結びついてくる予感がある。
これからはもっともっと良い方向に人生がシフトしていく気がする。
いや、そうなる。
アメリカでは仕事を辞める時、2週間前に知らせるのが一般的だ。
日本人的に2週間だと短すぎるような気がするので、3週間前の9月になってから退職届を出そうと思っていた。
今担当している夏のCSAプログラムが終わる日を最終日にするつもりだ。
秋からはもっとCSAに力を入れて、会員を200名くらいに増やしたいとマネージャーのヘザーは計画を立てている。
どうなるかはわからないが、最近ヘザーから計画をいろいろと聞かされるので、早めに伝えた方が良いと判断し、まだ1ヶ月以上あるがオーナーのアンディとヘザーにメールを書いた。
そしてオフィスマネージャー、水耕栽培のマネージャー、セールスマネージャーにも送った。
日曜日にも関わらず、みんなから連絡がきた。
とてもスッキリした。
これまでの人生で割と大きな決断をするときは、あまり考えずに行動が先に出ることが多かった。
大きな決断になればなるほど考えずに感覚だけで動くのが海の特徴だ。
小さなことでは失敗が多いが、大きなことであまり失敗をしたことはない。
だからいつも導かれているような感覚がする。
7年間も働いていて、やっと任せてもらえる仕事が出来るようになって、みんなととても仲良く仕事が出来ている。
特に大きな不満はないが、ふとチェスターフィールドのことが頭によぎり、すぐにその場でマットに連絡をしていた。
自分のあまりにも突然な行動に、あとで少しだけ不安感が襲ったがすぐに消えた。
空にも事後報告。
「実は今日、チェスターフィールドのマットに連絡をしてみたんだ」
こんな感じで、思いつきで行動していた。
それがすべてうまくいき、今は楽しみしかない。
あと5週間、感謝の気持ちを持ちながら今の農場で働かせてもらい、人生の次のステップに突入だ!!!