感情を一定に保つのはなかなか難しい。
血糖値の波と同じように、感情の波もなだらかの方が健康的だ。
海は自分自身の感情のコントロールは上手な方だと思う。落ち込んでもすぐに立ち直れるし、というか落ち込むことが少ない。
とても楽天的な性格だ。
でも、人の感情に引っ張られやすいところがあった。
特に夫の空や、姉のような身近な人が落ち込んでいたり、感情が乱れていたりすると一緒になって乱れてしまっていた。
2年半前に母が突然、大事故を起こし大怪我をしてしまった。
姉はずっと実家を離れず母と暮らしている温室育ちなのでストレスにとても弱く、何かあるとすぐに愚痴や感情をぶつけてくる。
遠くに離れていて愚痴を聞くしかできない海は、母の状態と姉の精神状態を心配するあまり帯状疱疹になってしまった。
姉の強烈な感情をそのまま受けて、その感情に引っ張られてしまっていたのだ。
数年前までは、空の感情のアップダウンも激しかった。
落ち込む時はとことん落ち込むので、そんな空と一緒にいると海の気分まで落ち込んでいた。
感情が乱れると疲れてしまう。
人の気持ちに同調してしまう共感力が強いのが原因らしい。
この共感力をなくす努力をした。
人は人、自分は自分の考え方だ。
なんだか冷たいような感じがするが、いくら親であっても姉妹であっても夫婦であっても、人生はそれぞれだ。
どんなに頑張ってみても、その人にはなれない。
もちろん協力をしながら、一緒に生きていくことはできるが、一人一人が皆、与えられているものが違う。
海はこの世の中に1人しかいないし、誰も海と同じようには生きられない。
生まれ育った環境も性格も経験も運命も違うからだ。
共感力をなくすためにまず最初にやったことは、相手を「心配」をするのではなく「信用」「信頼」すること。
心配は不安からくる。不安はどこから来るのかというと、自分に対してや人に対して信用、信頼をしていないときだ。
とにかく空のことも姉のことも「絶対に大丈夫」と信頼をするようにした。
空や姉にどんなことがあっても、どんなに落ち込んでいても「絶対に乗り越えられる、大丈夫」と思うようにした。
そしてもう一つ、「起こることは、すべて必要なこと」という考え方だ。
よく「超えられない物事は起きない」と言われる。
どんなに大変なことでも、その人に必要なことしか起こらないのだ。
自分に大変なことが起きた時は、「どうやってこれを乗り越えるか?」を考え、空や姉が大変そうな時は、見守ることにした。
今までは「見守る」ということができなかった。
いつでも自分のことのように解決策を考え、提案したり一緒に悩んだりしてしまっていた。
これが共感だ。
その人に起こったことは、その人が解決するしか乗り越える方法はない。
「海の言動は他人事のようで寂しく感じる」
これは最近姉に言われた言葉だ。
今までは一緒に悩み苦しんで心配をしていた結果、よく喧嘩をしていた。
一緒に悩み苦しんで、自分の考えや気持ちを押し付けるあまり喧嘩に発展してしまっていたのだ。
喧嘩をしても何も解決しないし、自分の考えを押し付けても何も解決しないことを嫌というほど学んだ。
「冷たい妹だ」
と思われてもいいと割り切った。
他人に嫌われるのはぜんぜんへっちゃらなのだが、家族に嫌われることを恐れていた自分に気がついた。
「姉に嫌われてもいいや」
と思えた瞬間から、共感力が消えた気がする。
アメリカと日本を行ったり来たりしながら、母の介護を手伝っていたが、新型コロナのパンデミックが発生してから日本に帰っていない。
そろそろ約1年、姉は一人で母の介護をしていてストレスがマックスになってきている。
最近、姉の愚痴が激しくなってきた。
「なんで自分ばっかりこんな思いをしなくちゃいけないの!」
と感情もぶつけてくる。
前の海だったらその言葉にかなりダメージを受けて傷ついていたと思う。
今は平気な自分がいる。
ぜんぜん心が揺るがない。
出来ることはなんでもするが、出来ないことはしょうがないのだ。
どんなに傷ついても心配をしても、状況はなにも変わらない。
状況を変えられるのは姉だけなのだ。
こんな風に思えるようになって、また少し強くなって少し優しくなれたような気がしている。