日本に住んでいるときは毎週日曜日は外食の日だった。
だいたい行く場所は決まっていた。
お金に余裕があるときは、大好きなお寿司屋さん、お財布が寂しい時は下町の飲み屋、遠出をしたくない時は、近くのこだわりのお蕎麦屋さん。
あまり浮気をしないタイプで、気に入ったお店には通いつめていた。
大好きなお店
大好きなお寿司屋さんは知る人ぞ知る、頑固おやじで有名だった江戸前鮨のお店。
どんなに通い詰めても、お店の引き戸を開けるときには毎回ドキドキするほど緊張するお店だった。
こんなに緊張感のあるお店には今だに出会ったことはない。
親父さんが醸し出すオーラととても紳士的な常連さんが多かったせいだろうか?
親父さんの前に座らせてもらえるようになるまで、3、4年かかったような気がする。
ここで江戸前鮨を食べるマナーを親父さんから教わった。
まだ20代で金髪頭だった海だったが、親父さんに可愛がってもらった。
「嫌だね〜、そんな食べ方をするんじゃないよ」
「握るなんてはしたない言葉を女子(おなご)が使うもんじゃないよ」
と、べらんめい口調でいろいろな事を教わった。
お店の暗黙のルール
このお店は「江戸前鮨」ということにとてもこだわっていた。
江戸前鮨は飲みながらダラダラと長居は粋じゃない。
親父さんのことをお父さんと呼んでいた。
ちょっと酔いが回るまで緊張をしてお父さんに話しかけられないのだが、ビールの小瓶を1本、お銚子を1本空けるころには、緊張感が薄まった。
「お父さん、最長どのくらい食事をしても良いですか?」
分からないことは酔いが程よく回ってきた頃に質問していた。
「1時間。長くても1時間半、うちは飲み屋じゃないんだから」
時計を見ながら30分はお酒を飲みながらおつまみをいただき、残り1時間はお茶をもらってゆっくりとお寿司を楽しんだ。
「お父さん、お寿司を頂きたいときはなんて注文をすればいいですか?」
親父はニヤっと笑って
「ご飯をつけてくださいと言えばいい」
と教えてくれた。
「握ってください」なんてはしたない言葉は使っちゃいけないのだ。
ネタにご飯をつけるのがお寿司。
これが江戸前の注文の仕方だと教わった。
注文をするのもタイミングがとても大切だ。
親父さんが穴子を焼こうとしていたので、手間を省こうと一緒に注文を入れた。
「お父さん、こちらもついでに穴子をお願いします」
「私はついでの仕事はしないよ」
一掃された。
注文ができるのは、親父さんから「今いいよ」という目の合図をもらった時か、お弟子さんから「次は何にしますか?」と聞かれた時だ。
この緊張感漂う心地よさは、日本にしか通用しない接客かもしれない。
常連さんだけが食べられるもの
いつも羨ましく思っていたメニューがあった。
通い出して数年後には食べられるようになったが、しばらくは隣で良いな〜と思って見ていた。
常連さんとそうじゃないお客さんの区別があるお店は大好きだ。
差別と区別は違う。
差別は偏見や先入観を元に不平等に扱われることだが、区別は違いを認めて分けることである。
「いつか常連になるぞ」
と思わせてくれるお店はとても良いお店だ。
ここで常連さんにしか注文ができなかったのは、マグロの漬けのお寿司。
漬けを注文すると、パリパリの海苔を上に乗せて出してくれる。
1口で食べないで、マグロを海苔で包んでパリっと音を立てながら半分食べる。
音と海苔の香りそしてマグロの味を楽しむ。
大好きな1品だ。
もう一つ、おつまみでアワビの肝和え(ウニ入り)を注文すると、食べている途中でイカを細く切ったのを入れてもらえる。
アワビの肝と濃厚なウニの中にイカを絡めて食べると最高だ。
この食べ方は常連になるまでは知らなかった。
もう出来ない体験
やっと海が常連さんの仲間入りができたと思ったら、親父さんが亡くなってしまった。
今でもお弟子さんが暖簾を引き継いでいるが、もう親父さんがいた頃の心地よい緊張感のあるお店の雰囲気ではなくなってしまった。
もちろん、お弟子さんがしっかり味を受け継いでとても良いお店であることに間違いはない。
でももうあの体験は二度とできない。
一緒にお店を支えていた親父の娘さんから写真をもらった。
それをお財布の中に入れている。
「いつも海ちゃんのことを羨ましく思っていたよ。親父と仲良くしゃべれて良いなって」
親父さんは本物の頑固な江戸っ子だったらしく、家ではほとんどしゃべらなかったらしい。
「若い娘は嫌いだ」と言っていた親父さんが海が来ると笑顔になっていたので、羨ましかったと言ってもらえて、凄く嬉しかった。
親父さんが亡くなってから仲良くなった常連さんにも
「いつも海ちゃんが親父と話している時ドキドキしていたよ。出刃包丁が飛んできてもおかしくないような質問を海ちゃんは親父にするから・・・」
海なりに親父さんにはとても気を使って話していた。
仕事をしている時は絶対に声をかけない。
手が空いて、高齢だったおやじが椅子に座ってちょっと休んでいる時にだけいろいろな質問をしていたのだ。
時には「あなたにそんなことを答える筋合いはありません」と言われることもあったが、
そんな時には
「お父さんに面倒を見てくれと頼まれたら、私は断りません。お父さんのことを一生面倒を見る覚悟はあるので、教えてください」
と引き下がらなかった。
それくらい親父さんのことが大好きだった。
それが伝わっていたのだろう。
あんな頑固なお店、頑固な親父は今の時代には合わないかもしれない。
そんなお店に出会えて、親父さんに出会えて本当に幸せだ。
頑固親父との思い出は宝物だ。