去年の夏の終わりから働かせてもらっている、小さな家族経営の有機栽培農場。
海が入るまでは、パートタイムの3人のメキシカンとオーナーのマットで回していた農場。
なかなか思い通りに動いてくれないメキシカンの人たちと一緒に働くのは、結構大変だ。
奥さんのステファニーは、大学の事務の仕事をしながら週3日ほど、ファーマーズマーケットや畑の敷地内にあるグロッサリーストアを切り盛りしていた。
今年に入ってからは、事務の仕事をフルタイムにして農場の仕事は裏方に回った。
そして海はマットの右腕のような存在に・・・
「海、来週の木曜日はレストランのデリバリーに付いてきて。1年に1回のミーティングの時に紹介したいから」
「どんなミーティングなの?」
「シェフと、どんな野菜が欲しいのか?とか、今年作る野菜の情報を伝えて、どれくらいの量を使ってもらえるか?を話し合うんだよ」
「何か用意してくものはある?」
「脳みそだけ持っていってくれればいいよ」
「・・・・」
マットは日本の伝統野菜にとても興味を持っていて今までも栽培していたが、使い方がわからないシェフにはなかなか売り先がないようだった。
今まで海も知らなかったような、奈良や京都の伝統野菜を育てていた。
今年はひも唐辛子や伏見唐辛子、そして伝統野菜ではないが桃太郎トマトを栽培する予定になっている。
飲食店を経営していた経験、調理師免許を持っている海は、シェフに日本の野菜をもっと知ってもらい、興味を持ってもらえるように何か出来ないか考えた。
日本から買ってきた、写真が美しく魅力的なメニューが載っているレシピ本を持っていくことにした。
今回ミーティングをするレストランは、ビーチ沿いのとてもお洒落なレストランスポットにあるオイスターハウス。
かなり大きなレストランで、仕込みはすでに始まっていたがトップシェフのジャスティンは約束の時間、11時少し前にやってきた。
マットが簡単に海のことを紹介してくれて、ミーティングが始まった。
去年のデータを参考にしながら、マットとジャスティンはお互いに必要な野菜の情報を出し合い、話し合いはスムーズに進んでいった。
ある程度話がまとまり、マットが今年作る日本の野菜の話を始めた。
その時に海はレシピ本を出し、話し合いに参加した。
唐辛子やトマトの使い方の情報だけではなく、青紫蘇、赤紫蘇など日本のハーブの使い方やレシピなども伝えた。
ジャスティンは赤紫蘇ジュースの話に食いついた。
「面白い。何かのソースにできるかも」
食べることが大好き、そして食の旅をしてきた海のことをジャスティンは気に入ってくれたようだ。
「もうそろそろランチの時間だから、なんでも好きなものを食べていって。俺のおごりで」
マットはカキフライのバーガー、海はオイスターチャウダーを頼んだ。
それと注文されて配達したニンジン、ロースト・サンチョーク(菊芋)のサイド(副菜)も頼んだ。
自分達が作っている野菜がどのようにお皿に乗ってくるのか?どのように料理されているのか?とても楽しみだ。
平日のランチでも、お客さんはそこそこ入ってきた。
オフィス街ではなく、ビーチ沿いのレストランのランチのお客さんは多くの人がアルコールを楽しんでいる。
カウンターにはビールを飲んでいる男の人、2人組の女の人は白ワイン。
ウェイトレスの女の子が生牡蠣とオーブンで焼いた牡蠣をアペタイザーとして持ってきてくれた。
「これはジャスティンからなのでどうぞ!」
ジャスティンは届いたばかりのベイビーホタテのソテーを持ってきてくれた。
「マット、ビールが飲みたいね」
「俺は運転だから飲めないけど、海は飲みたかったら飲んでもいいよ」
仕事中なので、飲みた〜い気持ちを抑えてライム入りの炭酸水で我慢した。
海が頼んだオイスターチャウダーは大きなプリプリの牡蠣が4つも入っていた。
味付けはとてもマイルドで美味しい!!
チャウダースープは当たり外れが大きい。塩分が強すぎたり、煮詰まりすぎて味が濃いことが多いが、ジャスティンのスープはとても優しい味だった。
ジャスティンが料理の説明をしてくれる。
「今度ハズバンドを連れてくるね。彼も食べることが大好きだから」
「その時はマットを通して俺に連絡をしてくれれば、テーブルを確保しておくから、いつでも連れておいで」
贅沢なランチの後は、畑に戻って作業だ。
「海、やっぱりビールを飲みたかったな・・・」
「本当だね。美味しかったね。ビールがあったら、もっと最高だったね」