「飛行機を買う」と言い出した夫

夫の空は、54歳で学生ローンの審査が通り、無事フライトスクールに通う準備が整った。

フライトインストラクターになるという当初の目標を少し下げ、とりあえず計器飛行の免許を取ることにした。

家から通える場所には2つのフライトスクールがあり、どちらにするか迷いに迷った。

1つは彼の職場の空港に隣接するフライトスクール。

1時間の飛行機代が他と比べると$40ほど安い。

免許を取得するまでには、何百時間も飛ぶことになるのでかなり料金が抑えられる。

しかし飛行機が1機しかないので、なかなか予約が取れないらしい。

もう一つは家から34マイル(約54km)離れているフライトスクールだ。

ここは海外からも生徒が来る、少し大きめでシステムはしっかりしている学校だ。

飛行機は4機あるが、飛行機代もインストラクター代も高い。

家から近くて、料金の安い学校にするか?料金は高いがシステムがしっかりとしていて家から遠い学校を選ぶか?

結局、後者を選んだ。

学校の手続きは全て済んだが、仕事の都合でまだ飛べていない。

フライト・ディスパッチャーをしている空は、ちょうどこの時期、1年に1度の講習とテストを受けなければならない。

2日間の講習+テストと、2日間のジャンプシート・フライトだ。

ジャンプシートというのは、操縦席の後ろの補助席のことだ。

機長とやりとりをするディスパッチャーの仕事は、パイロットの仕事も見て知っておかなければならない。

夢のスタートはやるべき仕事を終わりにしてからだ。

 

夢が広がる

「将来的には飛行機を買ったほうが安いかも?俺がプライベート(自家用操縦士)を取った時よりも、飛行機代が倍の値段になっているよ。」

20年前にプライベートの免許を取った時は、飛行機を借りる値段もインストラクターの値段も燃料代もかなり安かったらしい。

「借りるより買ったほうが安いと思うよ。中古ならちょっと高い車と同じ値段くらいで買えるから」

想像もしていなかった”飛行機を買う”という言葉で、海の想像も膨らみだした。

「最終的にはハワイに住むでしょう?ハワイの小さい島に住んで、車を持たず島の中では自転車で、買い物行くときは飛行機で、オアフ島に行けばいいんじゃない?」

オアフ島ではレンタカーを借りれば良いしね」

「自転車で生活なんて、健康的な生活ができそうだね」

ハワイの島々のことも何も知らず、呑気にこんな想像を膨らましている。

何歳になっても夢を見続けていられる、似た者夫婦だ。

 

執着をなくした途端、全てが良い方向へ

フライトスクールを決めるまでの空は「早く飛びたい」ということに執着していた。

「飛びたい、飛びたい、飛びたい・・・・」

こう思っていた時の空は、すべてがギクシャクして空回りをしてた。

学校に連絡をしても返事が来なかったり、試しフライトをしたいと思っても飛べなかったり、聞いていなかった指紋の登録をしなければならなかったり・・・

「飛びたい、飛びたいっていう思いが執着心になってるよ」

「執着を捨てて、なるようになるさって待っていれば、すべてが上手く回るようになるよ」

「そうだね。すぐに飛びたいっていう気持ちが強すぎたかも」

そんな会話の数日後から、本当にすべてがうまく回り始めた。

会社のスケジュール(休日)が空の思い通りに変わったり、指紋の登録も2、3日かかるものが、1日で手続きが済んだり、フライトスクールのインストラクターも最初に当てられた人と代わりベテランの評判の高い人が担当になってくれたり・・・

すべてが空の思い通り、空にとって都合の良い形になっていった。

 

まだ飛び始めていないが、グランドスクール(筆記の勉強)は始まった。

20年前はクラスでインストラクターに教わっていたが、今はさすがにオンラインクラスだ。

ハワイで飛行機に乗っているイメージを膨らませ、2人で夢を手繰り寄せていく。