2015年8月、アメリカの大都会からど田舎に引っ越した新たな住所に、グリーンカードが2枚届いた。
申請してから2年経っていた。
もちろんこんなことはあってはならない。
あってはならない事が起こるのがアメリカだ。
ありえない嬉しい事が起こるのもアメリカだ。
奇跡のタイミング
2枚届いたグリーンカードもビックリだが、取得できた経緯もかなり奇跡に近い出来事だった。
海は2012年にアメリカの短期大学を卒業し、OPT(オプショナル・プラクティカル・トレーニング)を利用して、1年の期間限定で働いていた。
この期間に労働ビザとトレーニングビザを申請して、アメリカに留まることを模索していたが、はっきり言ってビザの取得は難しそうだった。
2013年の10月には日本に帰らなければならない状況だった。
「あと3ヶ月しかアメリカに居られないかも?」
そんなことを思いながら、8月中旬にビザの申請をお願いした弁護士事務所に電話をした。
「私のビザ取得の状況はどんな感じですか?やっぱり難しいですか?」
「残念ですがビザは難しそうです。海さん、前回お会いした時、結婚をしようかっていっていませんでしたっけ?どうしました?」
「結婚しました。10月に帰ることになるかもしれませんが」
「それは良かった。いつ結婚をしたのですか?」
「6月です」
「う〜ん、ちょっと期間が短すぎますが、永住権が取れるかもしれませんよ」
この時の大統領オバマの計らいで、2013年8、9月の2ヶ月間だけ、特別なプログラムが発表されていたのだ。
グリーカード保持者の配偶者をスポンサーとして永住権を申請しても、アメリカ人配偶者でするのと同じ速さで審査が進むという嬉しいプログラムだ。
アメリカ人配偶者をスポンサーにして申請すると、早くて1年ほどで永住権が取得できる。
グリーンカード保持者の配偶者では、場合によっては5、6年かかるという。
しかも取得できるまでは、日本で待っていなければならない。
申請しても全ての人が永住権を取得できるとは限らず、却下されることもある。
「急いで申請の準備をしましょう。もしかしたら10月までという噂もありますが、はっきりしているのは9月までです。9月のうちに申請をしましょう。」
海の申請が終わったのは、9月26日だった。
ギリギリセーフだった。
10月は打ち切られたのだ。
9月中に申請ができなかったら、海は日本に帰るしかなかった。
首が繋がった。
偽装結婚???
申請の準備はかなり時間がかかる。
全部で厚さ5センチほどの書類を用意した。
健康診断、予防接種の証明、出生証明書、結婚証明書、スポンサー(配偶者)の所得証明・・・
海の場合は結婚をしたのが6月で申請が9月、3ヶ月しか経っていないので偽装結婚を疑われる可能性があるという。
結婚する前に、きちんと付き合っていたという証明をするための写真や送り合ったバースデーカードなども証拠のため用意した。
写真が好きではない2人だったので、手元に1枚の写真もなかった。
数年前に友人と会った時に写真を撮ってもらったのを思い出した。
友人に頼み写真をみつけてもらい、なんとか3枚写真を送ってもらえた。
「たぶん大丈夫だと思いますが、念のために出来るだけ偽装じゃないと証明できるものを集めましょう」
とにかく証明できそうなものをかき集めた。
実際に偽装結婚をしてグリーンカードをとったという2人の中国人を知っている。
せっかくのチャンスに偽装を疑われて取得できなかったら大変だ。
「なんとか申請ができそうです。間に合って良かったですね」
弁護士事務所に電話をしてから1ヶ月半で申請にまで漕ぎ着けた。
このとき海は大怪我をして、仕事を休んでいた。
そのおかげで1ヶ月半という短期間で書類の準備が出来たのだ。
結婚したタイミングも怪我をしたタイミングも弁護士事務所に電話をしたタイミングもすべてパーフェクトだった。
異例の速さで審査が通る
9月26日に申請をし、1ヶ月ほどで面接の連絡が来た。
夫の空と一緒に面接を受ける。
偽装結婚じゃないということを証明するための大切な面接だ。
面接官の人は気さくでとても感じが良かった。
「1994年何があったの?」
やはり聞かれた。
海は1994年に半年間の違法滞在をしている。
もちろん故意ではない。
学生ビザを取ったときも、アメリカに入国をする時イミグレーションでも聞かれる質問だ。
「違法滞在をしました。ビザを申請してもらえると思っていたら騙されていました」
いつものように素直に答えた。
「これじゃしょうがないね」
面接官は海の若い時の金髪のパスポートの写真を指差して、空に笑いながら言った。
「やんちゃだったみたいです」
空も笑いながら答えた。
面接官は早くグリーンカードが届くようにと、書類の審査を早くしてもらえるように手続きをしてくれた。
しかしこの行為がちょっと面倒なことになって、グリーンカードが届くのが2年先になってしまった。
グリーンカードがなくても、労働許可書と渡航許可書が来れば全く問題ない。
普通は一緒に届くはずの2つの許可書だが、面接から1ヶ月半後の12月に届いたのは労働許可書だけだった。
こんな早くに労働許可書が届くのは異例のようだ。
弁護士が書類を作ってくれて、渡航許可書がなくても日本に帰ることができた。
何からなにまで異例な出来事ばかりだった。
アメリカ人との結婚でグリーンカードを取得すると最初は2年の有効期限のカードが届き、更新をして10年のカードがもらえる。
特別限定プログラムで取った海は、最初から10年間有効期限のカードがもらえた。
「お前は本当にラッキーな奴だな」
グリーンカードを取るのに7年もかかり、その期間日本に帰れなかった空に言われた。
日本に帰らなくてはならないギリギリでこんなラッキーなことが起こった。
ラッキーどころじゃない。
奇跡が起きたのだ。
ちなみに2枚届いたグリーンカードのうちの1枚はきちんとお返しをしてある。